2026年2月19日Information Pregnancy loss リプロダクティブライツ

どこからが命なのか―稽留流産の悲しみと中絶禁止が問いかけるもの

Roe v. Wadeが覆って以降、米国では人工妊娠中絶(abortion)やリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)を巡る議論が激化しています。中絶を禁止・厳しく制限する州が増える中、この問題は単なる医療課題を超え、政治的主導権争いの象徴となりました。

「プロライフ(pro-life)」を掲げる政治家の背景には、個人の宗教観や倫理観だけでなく、特定の支持層を固めるための戦略的側面が歴史的に強く作用してきました。中絶は選挙のたびに動員の軸となるテーマであり続けています。



「プロライフ」と「プロチョイス」

プロライフとは、受精卵の段階から独立した「人間の命」として扱い、人工妊娠中絶に原則反対する立場を指します。

日本では母体保護法により、妊娠22週未満の中絶が条件付きで認められています。一方、プロライフ派は受精直後からの法的保護を主張し、欧米では心拍が確認される妊娠6週頃を一つの境界線とする考え方も広く見られます。レイプによる妊娠であっても中絶を認めないとする、より強硬な主張も存在します。

私は基本的に中絶容認(プロチョイス)の立場をとっています。

その理由の一つは、中絶を法的に禁止しても中絶そのものがなくなるわけではない、という現実です。むしろ地下化が進み、安全でない方法による中絶が増加することが懸念されます。また、劣悪な環境での出産や胎児遺棄、経済的困窮の中で孤立する母子家庭の実情を、知っているからでもあります。

さらに、中絶の合法化やアクセスの確保が中絶件数を増加させるとは限らないことは、複数の疫学研究でも示されています。包括的な性教育や避妊へのアクセス向上と組み合わせることで、むしろ望まない妊娠そのものを減らす可能性が指摘されています。

また、中絶を厳しく制限する法律は、子宮外妊娠(異所性妊娠)の治療の遅れを招くリスクがあります。加えて、前置胎盤や妊娠高血圧症候群、重症子癇前症などのハイリスク妊娠の継続が事実上強いられる場合、母体の生命・健康に深刻な影響を及ぼしかねません。実際に、テキサスでは厳格な中絶規制後に母体死亡率が56%上昇したとの報告もあります。

さらに、無脳症などの致命的胎児異常に対して出産が強制されるケースでは、新生児集中治療室(NICU)の負担増大や医療費の増加といった医療システム全体への影響も指摘されています。経済的に困難な家庭への支援が不十分なまま出産が強制されれば、児童虐待リスクの上昇など、社会的課題が連鎖する可能性も否定できません。

中絶の是非は、単なる「賛成・反対」の二項対立では語りきれない問題です。
命の定義、女性の身体の自己決定権、医療の安全性、そして社会的支援体制の在り方——それらすべてを含む、きわめて複雑で重い問いであると考えています。


医師としての「死」と、当事者としての「喪失」

しかし、理論では割り切れないモヤモヤが私の中に根強く残っています。

私は二度、稽留流産を経験しました。いずれも心拍が確認される前の段階で、心音はまだ存在していませんでした。それでも喪失感は強く、深い悲しみが確かにそこにありました。

一方、私は医師として死亡確認を行ってきました。心拍の停止、呼吸の停止、対光反射の消失をもって死亡を確認します。それが医学における「死」の定義です。

では、心臓が動き始める前に成長が止まった胎児は、生きていたのでしょうか。それとも、死んだのでしょうか。

医学的定義の枠組みでは整理できるはずの出来事が、当事者の感情の中では整理できません。

受精しても着床しないことはあります。胎嚢が見えても、卵黄嚢が形成される前の段階もあります。
それを命と呼べるのか。私は長い間、自問し続けてきました。


胚盤胞を「迎えに行く」という言葉

この問いをさらに複雑にする事実があります。

不妊治療や妊孕性温存で胚盤胞を凍結保存している人の中には、移植の際に「赤ちゃんを迎えに行く」と表現する人がいます。受精卵の時点で、すでに赤ちゃんとして認識しているということです。

医学的に言えば、胚盤胞は受精後5〜6日目の細胞塊にすぎません。着床もしておらず、妊娠が成立する保証もありません。

しかし当事者にとって、それは単なる細胞ではありません。自己注射の日々、採卵の痛み、ホルモン治療の副作用、経済的負担、そして何度も繰り返した期待と失望——その果てに凍結された存在です。そこにはすでに物語があり、時間があり、願いがあります。

医学的定義と、当事者の実感としての「命」は一致しません。このずれこそが、「どこからが命なのか」という問いを単純化できない理由だと考えます。

日本における議論の停滞

米国ではabortionやreproductive rightsが公に議論され続けています。一方、日本ではこのテーマはいまだにタブー視される傾向が根強く残っています。

経口中絶薬の扱いにもその差は現れています。
米国では中絶の約60%が経口薬によるものとされ、郵送によるアクセスも可能です。本来、こうした薬剤は経済的・地理的格差を縮小するために、安価でアクセスしやすいことが不可欠です。

日本でも2023年に経口中絶薬は承認されました。承認当時はニュースとして大きく取り上げられましたが、それ以降、公の議論はほとんど聞こえてきません。

費用や運用体制には依然として高いハードルがあるにもかかわらず、その実態が社会に広く伝わっているとは言い難い状況です。制度として存在していても、実質的に平等なアクセスが担保されているかどうか、問い直される機会すら失われているのが現状です。

答えの出ない問いと、それでも考え続けること

稽留流産で涙を流した女性にとって、そこには確かに「命」がありました。
一方で、法律は線を引き、医学は定義を置きます。

「どこからが命なのか。」

その問いは、誰かを裁くためのものではなく、それぞれの経験に思いを巡らせるためのものであってほしい。

「命を守る」とは、いったい何を守ることなのか。

その答えの出ない問いを、
私たちは、急がず、諦めず、
丁寧に考え続ける必要があるのだと思います。

Satoko Fox

医師。流産・子宮外妊娠の経験を持つ当事者として、Pregnancy Lossのピアサポート活動に携わる。
『教養と看護』にてペリネイタルロスに関する連載を執筆。
女性の健康と自己決定をめぐる問いを、医療と社会の視点から考えている。


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