テキサスでは子宮外妊娠の治療をしてもらえない!?中絶禁止法が招く混乱
先日、連載中の『教養と看護』に「低確率でも油断禁物 知識が手遅れを防いだ異所性妊娠(子宮外妊娠)」が公開となった。
要は私が子宮外妊娠で手術をした際のヒヤリハット体験談なのだが、ちょうどその記事校正のやりとりをしている頃、アメリカで子宮外妊娠にまつわるニュースが報道された。
それは子宮外妊娠による"中絶"の治療を拒否されたテキサスの女性2人が、連邦政府に調査を要求した、というものであった。
記事:Texas women denied abortions for ectopic pregnancies demand federal investigation
子宮外妊娠は母体の命に関わる緊急疾患にも関わらず、中絶禁止法のせいで治療を拒否されるなんて...。
同様の問題は過去にもあったものの、今回改めて「あり得ない!」と憤りを感じたため、中絶禁止法の歴史と混乱についてまとめていく。
ロー対ウェイド判決(Roe v. Wade)
1973年にアメリカ最高裁判所が下した、女性の中絶権がアメリカ合衆国憲法の「プライバシーの権利」に基づいて保障されると判断された歴史的な判決。これにより、妊娠初期(約24週目まで)の中絶が認められるようになり、州政府に中絶禁止をできなくさせた。
ロー対ウェイド判決の覆し
ドナルド・トランプ大統領の任期中に保守派の判事3人が任命された。
2022年6月の判決(Dobbs v. Jackson Women's Health Organization)によって、ロー対ウェイド事件の判決は覆され、アメリカ合衆国憲法が女性の中絶権を保護していないと判断した。この結果、中絶に関する法律の判断を各州に委ね、この裁定により、多くの州で中絶が厳しく制限されることになった。
これは、アメリカ国内でリプロダクティブライツの大きな後退を意味する。
バックラッシュ法 (Backlash Law)によるリプロダクティブライツの後退
バックラッシュ法とは、一般的に社会や法的な変化に対する「反動」として導入される法律を指す。具体的には、あるリベラルな改革や権利の拡大に対して、保守的な勢力が反対し、それを覆そうとする動き。
アメリカにおけるリプロダクティブライツの分野では、ロー対ウェイド判決によって認められた中絶権に対する反発として導入されたさまざまな州法がこれに該当する。
中絶に対して厳しい規制を設けている州では、女性が他州に移動しなければ中絶を受けられないケースが跳ね上がった。この中絶禁止により最も影響を受けるのは貧困層やマイノリティ層の女性とされている。
テキサス州の人工妊娠中絶禁止法(SB 8法)
2021年に施行された、非常に厳格な中絶禁止法で、妊娠6週目以降の中絶を原則禁止しており、レイプや近親相姦であっても例外は認められない。
この法律は一般市民が中絶を助けた人や医療従事者を訴えることを可能にしており、医師に対する法的リスクが増大している。
この影響により、救命措置として必要な治療さえも受けられないケースが発生しており、その一例として子宮外妊娠(異所性妊娠)の治療を拒否された女性が存在する。
子宮外妊娠(異所性妊娠)とは?
子宮外妊娠は、妊娠初期の妊産婦死亡の主な原因であり、全米の妊娠関連死の10%を占める。
受精卵が本来着床すべき子宮内ではなく、卵管や腹腔、卵巣など子宮外の場所に着床する状態を指す。卵管での妊娠が最も多く、卵管破裂を引き起こすと大量出血し、母体の命に危険を及ぼす。異常妊娠であり、妊娠を継続することは不可能である。
治療の選択肢として、薬物療法(メトトレキサート)と、手術療法(腹腔鏡手術)があるが、いずれの治療法も母体の命を守るために緊急に行われる必要がある。
しかしながら、医師たちは中絶禁止法の解釈に対する懸念から、法律違反と見なされることを恐れ、治療を躊躇するケースが増えてきている。
子宮外妊娠の治療は"中絶"?違法なの?
子宮外妊娠を絶対に見逃してはいけない理由は、母体の命に危険が及ぶからである。
その治療を禁止されたのならば、「え?死ねってこと?」とつい思ってしまう。
そこで法律をチェックすると、
流産と子宮外妊娠の治療は、中絶に含まれない。
また、妊娠中の患者の生命を救うか、「主要な身体機能の実質的障害」を防ぐ場合に例外を認める、と明記してある。
https://statutes.capitol.texas.gov/Docs/HS/htm/HS.245.htm#245.002
それにも関わらず、何故子宮外妊娠の治療を拒否する、などといったことが起きているのであろうか?
中絶禁止法が引き起こす問題
複数の報道によれば、医療関係者に対する懲役刑や6桁の罰金という脅威により、医師の中には妊娠合併症に対する治療を拒否したり遅らせたりする者もいる。
https://www.texastribune.org/2022/07/20/texas-abortion-law-miscarriages-ectopic-pregnancies
法律がしっかり理解できていない医師も多く、一刻も争う状況においても、弁護士との協議やペーパーワークで、何時間も治療が遅れることもあるそうだ。
そんなんじゃ、救える命も救えない。
前述ニュースによれば、子宮外妊娠を経験した2人の女性は破裂と破裂直前でようやく治療が施され、卵管や卵巣の切除を余儀なくされた。そのため、今後の妊孕性にも影響を与えることとなった。
リプロダクティブ・ライツ・センターが米保健社会福祉省に提出した2件の訴状は、緊急医療・労働法(Emtala)に違反しているとしている。
リプロダクティブライツを語る重要性
リプロダクティブライツ(生殖に関する権利)は、女性が自らの妊娠・出産に関して適切な選択を行う権利を保障するものであるが、しかしながら、このような事例はリプロダクティブライツどころの話ではない。
リプロダクティブライツの保護とは、命を守る権利の保護でもあるという認識が、特に今回のケースで浮き彫りになった。
子宮外妊娠の治療が中絶禁止法によって妨げられるという現実は、女性が基本的な医療を受ける権利が制限されていることを示しており、あってはならないことである。
「日本に住んでいるから関係ない」じゃない。
「私はカリフォルニアに住んでいるから大丈夫」じゃない。
リプロダクティブライツを政治に利用されたくないし、私たち女性のカラダのことを、中〜老年男性に決められたくない。
今年の大統領選の争点となっているが、これからもリプロダクティブライツの保護とその重要性について声を上げ続け、すべての人が適切な医療を受けられる環境を構築することが必要である。