2024年9月16日ライフキャリア リプロダクティブライツ

リプロダクティブ・ライツ:進まない日本、逆戻りするアメリカ

リプロダクティブライツ Reproductive Right(生殖に関する権利)は、 ”産むか産まないか、いつ・何人子どもを持つか"など、生殖に関係する事柄を自分自身で選択し、決められる権利のことです。

1994年にエジプトのカイロで開催された国際会議で、リプロダクティブヘルス Reproductive Health (生殖に関する健康)とともに定義されました。

そのため、二つを合わせてリプロダクティブヘルス/ライツ Reproductive Health / Rights (性と生殖に関する健康と権利)と表記されることが多いです。



"My body, my choice"というスローガンが有名ですが、具体的には以下のような要素が含まれます。

  1. 性教育: 性に関する正確な情報や教育を受ける権利。
  2. 避妊: 妊娠をコントロールするための方法や手段にアクセスする権利。
  3. 人工妊娠中絶: 妊娠を中止する選択肢にアクセスする権利。
  4. 妊娠・出産: 安全な妊娠と出産に関するケアや支援を受ける権利。
  5. 不妊治療: 不妊に対する適切な治療やサポートを受ける権利。
  6. 性病の予防と治療: 性感染症(STI)やHIV/AIDSなどに対する予防と治療の権利。
  7. 性の自己決定: 自分の性に関する決定を自分で行う権利(例:同性婚、性別の自己認識など)。
  8. 健康と医療へのアクセス: 性と生殖に関連する医療サービスへのアクセス権。

このような幅広い分野が含まれますが、日本とアメリカでは、このリプロダクティブライツに関して種類の異なる問題が存在しています。

日本ではその権利の保障が十分に進んでおらず、逆に近年アメリカでは、その権利の後退が問題視されています。

この記事では、そんな両国の状況を、アメリカ在住6年目の女性医師が考察していきます。





日本はリプロダクティブライツ後進国 その理由は?

日本はリプロダクティブライツの分野において、かなり遅れを取っています。避妊法、緊急避妊薬、経口中絶薬に焦点を当て、解説していきます。

1. 男性主体の避妊方法

アメリカに住んで6年。こちらの女性の避妊法は低用量ピル(経口避妊薬)かIUD(子宮内避妊具)が主体で、コンドームはあくまでも性感染症予防として位置付けられていると感じています。

しかし一方で、日本の避妊法のメインストリームはコンドームですよね。

避妊率について見てみると

コンドーム: 理想的な使用で98%、典型的な使用で85%の避妊効果。

低用量ピル: 理想的な使用で99.7%、典型的な使用で91%の避妊効果。

IUD: 理想的な使用および典型的な使用で99%以上の避妊効果。

コンドームは最も避妊効果が弱く、これは、100組のカップルが1年間コンドームを使用した場合、15組が妊娠する可能性があることを示しています。けっこう高いと感じませんか?

また、膣外射精(外出し)を避妊法と捉えている人もいると思いますが、かなり失敗率が高いので、避妊には適しません。

日本での避妊法は男性主体となっていますが、望まない妊娠をした場合、悩んだり傷ついたりするのは女性であることを考えると、決して男性任せにしてはいけません。



日本で低用量ピルが認可されたのは1999年で、諸外国と比べて30年ほど遅れての認可となりました。他の先進国では20〜40%である普及率も、日本ではいまだに3%未満とされており、著しく低い状況にあります。

低用量ピルが普及しない理由としては、社会的な偏見、医療費の負担(1ヶ月負担は2000〜3000円)、定期的に医療機関にかからなければいけない点、副作用への懸念などが考えられます。

(ちなみにアメリカでは保険に入っている場合は経口避妊薬は無料、ないしは非常に低額で提供されることが義務付けられており、処方箋がなくとも薬局で購入(OTC)が可能です。)

また日本でも避妊リング(ミレーナ)を耳にすることが増えてきたように思いますが、やはり経産婦さんに使うことが多く、若年層の避妊方法としてはあまり一般的ではありません。

今後、日本における女性主体の避妊方法の普及には、性教育と医療機関へのアクセスの良さ、が鍵となると考えます。



2. 進まない緊急避妊薬(アフターピル)の市販化

緊急避妊薬(アフターピル)は、緊急避妊を目的として性行為後に服用する薬です。避妊が失敗した場合や男性に避妊をしてもらえなかった場合に、急いで服用する必要がありますが、急ぐ理由としては服用タイミングにより避妊率が変わるためです。

【アフターピルの避妊率】

72時間以内に服用した場合:約85%
アフターピルは性行為後72時間以内に服用すると、妊娠を約85%の確率で防ぐことができるとされています。

アフターピルは服用のタイミングが早ければ早いほど効果が高く、性行為後24時間以内であれば、避妊成功率は95%程度です。しかし、72時間を超えると避妊効果が低下し、約58%まで下がる可能性があります。

早く服用すれば服用するほど、妊娠を防げるアフターピル。しかし、日本では医師の診察と処方箋が必要なこともあり、すぐには入手が難しいケースが多いです。

そのため、海外のように医師の処方箋がなくとも薬局で購入できる、OTC化を進めようという動きがずっとあるものの、「悪用される可能性がある」「無責任な使用につながる」と一向に進みませんでした。

2023年にようやく処方箋なしでのアフターピルの試験販売が始まりましたが、販売されている薬局は全国でたったの145箇所です。

販売価格は7000〜9000円と高く、購入できるのは16歳以上。16歳以上18歳未満は保護者の同意が必要で、15歳以下は対象外となっています。

オンライン診療が進んできている面もありますが、やはり高額で到着まで時間がかかってしまう、というデメリットがあります。


しかし前述したように、経口避妊薬を毎日正しく服用した場合の避妊率は99.7%です。

アフターピルの成功率は24時間以内に服用できた場合でも85%程度であり、吐き気や嘔吐などの副作用が強く出ることもあります。

コンドームの避妊失敗率が高いことも踏まえ、日常的に避妊する場合は、経口避妊薬の服用やIUD留置がより勧められます。

より確実で、女性主体の避妊法が定着するためには地道な教育や啓発活動が不可欠です。





3. 制限の多い経口中絶薬の承認

経口中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストール)は、セーフアボーションの方法としてWHOからも推奨されており、妊娠初期の非外科的な手段として、海外では広く普及しています。妊娠初期(通常10週目まで)に非常に高い成功率(約95〜98%)を持ち、基本的に自宅で使用する薬剤となっています。

適応としては、人工妊娠中絶だけでなく、稽留流産の場合も含みます。

私は稽留流産を経験した際、まだ日本では認可されていなかった時期にアメリカで経口中絶薬を服用しました。

「飲む中絶薬」流産での2回の使用経験

ようやく日本でも、経口中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストール)が承認されましたね。 私は38歳の時、アメリカで2回稽留流産を経験し 2回とも、この2剤を服用し…



より自然に近い形で、自宅でお別れできたこともあり、日本でも経口中絶薬が認可されることを切望していました。

2023年4月、やっと!ようやく!世界から約30年遅れて!

承認された経口中絶薬「メフィーゴパック」ではありましたが、かなり使用条件が厳しく、必要とする人に届きにくいものとなっています。

その理由として

・費用が高額であること(95000円)

・母体保護法指定医師、なおかつ入院可能な有床施設でのみ使用できること

・排出が確認されるまで、入院や院内待機が必須であること

・依然として、配偶者同意が必要であること

が挙がりますが、正直これらの条件を見た時に呆れました。

"世論から経口中絶薬を承認しないわけにはいかないけれど、産婦人科医の重鎮たちに忖度した結果こうなった。"

という印象を持ったのです。

私から言わせてもらうと、自宅でゆっくりお別れできることにある程度のメリットがあるので、院内で長時間排出を待たないといけないのであれば、選ばないかもしれない、とも思います。

これらの条件は、経口中絶薬をわざわざ普及させないようにしている、とも言えるでしょう。

リプロダクティブライツを守るために欠かせないツールである避妊薬や中絶薬。

日本は経口避妊薬、緊急避妊薬、経口中絶薬、いずれを取ってみても、世界水準から大きくかけ離れています。

費用が高いし、アクセスが悪い。

日本は制度を変えるのに、ものすごく時間がかかる国ではありますが、一方、アメリカではどのような問題があるのでしょうか?



アメリカにおけるリプロダクティブライツの後退

アメリカではかつてリプロダクティブライツの先進国としての地位を築いていたものの、近年は逆行し、特に中絶の権利が大きく侵害されています。

1. 中絶の権利をめぐる後退

アメリカでは1973年に「ロー対ウェイド判決」により、女性が中絶を行う権利が確立されました。
しかし、2022年にアメリカ最高裁が「ロー対ウェイド判決」を覆す判決を下したことで、各州が独自に中絶を制限または禁止できるようになりました。これにより、アメリカ国内では中絶を厳しく制限する州が増加し、一部の州では完全に中絶を禁止する法律が施行されています。

https://states.guttmacher.org/policies/california/abortion-policies




2. 中絶禁止が引き起こす問題

中絶が禁止されると、女性が自らの健康や生活の計画を立てる権利が著しく制限されます。望まない妊娠の継続を強制されることで、女性の身体的・精神的健康に深刻な影響が及ぶ可能性があります。また、中絶禁止によって"安全ではない中絶"が増加し、女性の命に危険をもたらすリスクも高まります。

さらに、貧困層やマイノリティの女性が最も影響を受けやすく、彼女たちは中絶を行うために他州に移動する資金や時間がないため、より深刻な問題に直面します。リプロダクティブライツの後退は、社会全体に不平等を拡大する要因にもなっています。

また流産や子宮外妊娠の治療は"中絶"に該当しないにも関わらず、中絶禁止の州では治療を拒否される、といった問題も起こってきています。

テキサスでは子宮外妊娠の治療をしてもらえない!?中絶禁止法が招く混乱

先日、連載中の『教養と看護』に「低確率でも油断禁物 知識が手遅れを防いだ異所性妊娠(子宮外妊娠)」が公開となった。 要は私が子宮外妊娠で手術をした際のヒヤリハット…



3. project 2025

プロジェクト2025は、ヘリテージ財団が主導した100以上の保守派団体が参加している、アメリカ政府の再建構想です。次期トランプ政権が最初の180日間に何をすべきかを詳述したチェックリストが含まれている、900ページにわたる書類となっています。

リプロダクティブライツに関しては、まず「中絶は医療ではない」ことを大前提としています。

このプロジェクトの焦点は、中絶に関する資料を郵便で配布することを禁止する1873年に制定された法律「コムストック法」の復活と施行を通じて、中絶へのアクセスを制限することです。

経口中絶薬の郵送を犯罪化する上に、FDAに経口中絶薬ミフェプリストンの認可を取り消し、市場から撤退させることを求めています。

また、「自然流産、(化学療法など)偶発的に子どもの死につながる治療、死産、誘発流産」全ての事例について政府による広範な追跡調査を実施する、とも書かれています。

参考:The 19th Explains: What you need to know about Project 2025




プロジェクト2025を読んだ際、私は絶望感と憤りでいっぱいになり、「こんな時代錯誤なアイデアがまかりとおるのであれば、もうこの国には住みたくない!」と思いました。



リプロダクティブライツの比較:日本の遅れとアメリカの後退

日本とアメリカ両国ともにリプロダクティブライツに関して、違った課題を抱えています。

日本はリプロダクティブライツの"発展が遅れている"状況にあり、アメリカは逆に"既存の権利が後退"している状況。

日本では、法制度や社会的なタブー視が女性のリプロダクティブライツを制限しています。いまだに避妊や中絶に関する自己決定権が十分に保障されておらず、前段階の性教育や啓発活動も十分とは言えません。

医療へのアクセスがいい日本ですが、経口避妊薬や緊急避妊薬へのアクセスは悪く、海外では安価に設定されている薬もことごとく高く設定されています。

一方、アメリカでは一度は保証されていた権利がなくなってきている状態です。
長い間かけて女性たちが戦い、勝ち得た権利でしたが、「ロー対ウェイド判決」が覆ったことで、多くの州で中絶禁止となり、保守派はこれからもその流れをどんどん強固なものにしようとしています。

やっと日本で承認された経口中絶薬ですが、アメリカでは市場から撤退させようという動きがある。

こんなに皮肉なことがあるでしょうか?この現実にやるせなさを感じているのは、私だけではないはずです。



私たちのリプロダクティブライツを守るために

日本とアメリカの両国において、女性のリプロダクティブライツを守るために、私たちに何ができるでしょうか?

日本ではリプロダクティブライツに関する法整備や教育の充実が求められます。法整備にあたっては、決定できる立場に女性の数を増やすことが先決だと考えます。そのためにも時間はかかると思いますが、『形』だけでない女性活躍推進がどんどん進むことを願っています。


アメリカでは失われた権利を取り戻すための活動が必要になってきますが、とりあえず2024年の大統領選で民主党が勝つことです。

私は残念ながら選挙権はありませんし、私の住むカリフォルニア州は民主党が必ず勝ちます。

激戦州に住んでいて、選挙権のある方がこのブログを読んでいてくれていたら、是非民主党に投票してください。

リプロダクティブライツ、女性が自由に妊娠や出産に関する選択を行える権利は、個々のライフプランや健康、社会の平等に深く関わっています。

自己決定できる状態はその人自身の幸福度が上がり、ウェルビーイングにもつながっていきます。


"My body, my choice"

世界中でリプロダクティブライツを守るための運動が進んでいる今、私たちもリプロダクティブライツの重要性を理解し、ひとりひとりが声を上げていくことが大切です。

小さな娘がいる私ですが、彼女がティーンエイジャーになる前に、これらの問題が少しでも解決されることを願って。