2025年2月26日Breast Awareness Information TOP-contents

「ウェルネス=がん治療ではない」ーベル・ギブソンの嘘が示した危険な誤解

近年「ウェルネス(Wellness)」という言葉が注目されるようになり、健康的な食事や運動、瞑想、デトックスなどを通じて、心身を最適な状態に整えようとする人が増えています。私はウェルネス志向の強いカリフォルニアに住んでおり、自身も40代を迎えたことから、いまだかつてないほどウェルネスへの関心は強まっています。

たしかにウェルネスを意識した生活は、病気の予防やメンタルヘルスの向上に役立ちます。しかし、それが「がん治療の代わりになる」と考えるのは大きな誤解です。

実際にこの誤解を広め、多くの人に影響を与えたのが、オーストラリアのウェルネスインフルエンサー 、ベル・ギブソン(Belle Gibson)でした。彼女は「自然療法で末期の脳腫瘍を克服した」と主張し、多くのがん患者の希望となりました。しかし、それは完全な虚偽だったのです。

本記事では、ベル・ギブソン事件を振り返りながら、ウェルネスと医学の正しい関係について考えていきます。





ベル・ギブソン事件とは?

ベル・ギブソンは、オーストラリアの20代女性のウェルネスインフルエンサーで、「健康的な食事と自然療法で脳腫瘍を克服した」と主張していました。彼女は自身の体験をもとにアプリ「The Whole Pantry」や書籍を展開し、大きな注目を集めました。

しかし、2015年に 彼女のがん闘病は完全な嘘であったことが発覚。彼女はそもそも診断を受けたことすらなく、がんを患っていた事実もなかったのです。彼女の発信を信じて医療を拒否した人の中には、命を落としたケースもありました。

この事件は、ウェルネスブームの裏に潜むリスクを浮き彫りにしました。

またギブソンは、収益の一部を慈善団体に寄付すると約束していましたが、実際にはほとんど寄付されておらず、この行為は詐欺的であると非難されました。オーストラリア連邦裁判所から41万豪ドルの罰金を科されましたが、これも未払いのままです。この一連の行為は詐欺とみなされ、多くの人々に経済的・精神的な被害を与えました。

現在、Netlixではベル・ギブソンを題材としたドキュメンタリー「The Search for Instagram’s Worst Con Artist」の他、実話を元にしたドラマ「アップルサイダービネガー」を観ることができます。




ドキュメンタリーの中でも出てきますが、Appleは彼女の「The Whole Pantry」アプリをiPhoneとApple Watch向けに採用していましたが、スキャンダル発覚後すぐにアプリを削除しました。この対応により、Appleは直接的な責任を追及されることは避けましたが、事前の審査不足について批判されました

皮肉にも、Appleの創設者であるスティーブ・ジョブズも自然療法に頼った結果、命を落としています。



スティーブ・ジョブズも信じた「自然療法でがんを治せる」という神話の危険性

ベル・ギブソン事件に限らず、「自然療法でがんを治す」という考えは昔から根強く存在します。

標準治療ではなく代替療法を選択し、その結果命を落とした著名人として特に知られているのが、Appleの創設者スティーブ・ジョブズです。

スティーブ・ジョブズは2003年に膵神経内分泌腫瘍(膵臓がんの一種)と診断されました。 このタイプのがんは、通常の膵臓がんに比べて進行が遅く、手術によって治療できる可能性が高いものでした。

しかし、ジョブズは 手術や標準的な医療を拒否し、自然療法にこだわりました。
彼が選んだ療法には、以下のようなものが含まれています。

  • 特定の食事療法(果物中心の食生活)
  • 鍼治療やハーブ療法
  • スピリチュアルヒーリング

ジョブズは、こうした代替療法を9か月以上続けましたが、病状は改善せず、がんは進行してしまいました。その後、ついに手術を決断したものの、その時点ではすでに転移が進んでおり、治療の選択肢は限られていました。

彼の医師や周囲の人々は、彼が 「標準的な医療を受けていれば、もっと長く生きられたかもしれない」 と指摘しています。

今も昔もSNSやインターネットでは、「がんは食事で治る」「化学療法よりも自然療法が効果的」といった情報が飛び交っています。しかし、これらの多くは科学的根拠がなく、医療を受ける機会を奪う危険なものです。そして藁にもすがる思いの人々の心理を巧みに利用し、誰かが搾取する仕組みとなっています。




標準治療はチャンピオン治療

標準治療とは、科学的根拠(エビデンス)に基づき、現在利用可能な最良の治療法として、多くの患者に推奨される治療を指します。この治療は、世界中で行われた臨床試験の結果をもとに専門家が検討し、有効性と安全性が確認された上で合意されたものです。

【標準治療が決まるまでの道筋】

1. 臨床試験: 新しい治療法はまず研究室や動物実験で効果が確認され、その後、人を対象とした臨床試験で安全性や有効性が評価されます。

2. エビデンスの蓄積: 多くの臨床試験結果が集められ、科学的根拠として信頼性が評価されます。これにはランダム化比較試験など信頼度の高い試験が含まれます。

3. 専門家による検討と合意: 専門家が最新の研究成果をもとに議論し、その時点で最善と判断される治療法について合意を形成します。この合意内容は診療ガイドラインに反映されます。

標準治療は「現時点で最も効果が期待でき、安全性も確認された治療」として位置づけられています。そのため、信頼性が高く、多くの患者に推奨されます。



ウェルネスの本当の意義とは?

では、ウェルネスの実践は無意味なのでしょうか? そうではありません。

ウェルネスは、 病気を予防したり、治療をサポートしたりするために活用すべきもの です。

例えば、

・食生活の改善:免疫機能の向上や治療中の体調管理に役立つ
・運動習慣:ストレス軽減や体力維持につながる
・メンタルケア:不安やうつの軽減に貢献する

しかし、これらは がん治療の代替にはならない ことを理解することが重要です。



正しい情報の見極め方

では、誤った健康情報に惑わされないためにはどうすればいいのでしょうか?

出典を確認する:信頼できる医療機関や研究機関の情報か?
専門家の意見を聞く:医師や専門家のアドバイスを優先する
「奇跡の治療法」に注意する:万能の治療法を謳う情報は疑う

SNSやネットの情報を鵜呑みにせず、科学的根拠に基づいた判断をすることが、健康を守るうえで欠かせません。


まとめ:ウェルネスと医療は共存するもの

ウェルネスは、心身を健やかに保つために大切な考え方です。しかし、それが「がん治療の代替」となるわけではありません。

「健康的な生活をすること」と「医学的に適切な治療を受けること」は両立できますし、むしろ両立すべきなのです。

ベル・ギブソンの事件が示したのは、間違った情報がいかに多くの人を惑わせるかという現実でした。私たちにできることは、 正しい知識を持ち、科学に基づいた選択をすること です。

ウェルネスを賢く取り入れ、医療と共に健康を守る意識を持ちましょう。




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