2025年11月22日Breast Health Information TOP-contents 妊孕性

「ママになりたい」を諦めないーPOSITIVE試験が示す若年性乳がんサバイバーの未来

こんにちは!乳腺放射線科医のSatokoです。

10月にBCネットワークで「AYA世代乳がんの"これから"を支える」のセミナー登壇し

自身が主催するピンクリボン助産師アカデミーでも、ここ最近このテーマを掘り下げましたので、まとめていきたいと思います。

乳がん治療と妊孕性

乳がん治療は命を救う大切な医療です。

しかしその一方で、多くの女性にとって「将来、子どもを持つ」という夢が揺らぐ現実があります。

乳がんの標準治療は、妊孕性(妊娠する力、しやすさ)に影響を与えます。

化学療法(抗がん剤治療): 卵巣の機能に影響を与え、無月経や早期閉経などを引き起こすリスクがあります。特にシクロホスファミドという薬剤はリスクが高いとされています。

ホルモン療法: 再発予防のために5年〜10年という長期間の服用が必要です。この服用期間中は妊活ができないため、治療を終えた頃には加齢による妊孕性(妊娠力)の低下が大きな問題となります。

治療前の卵子・受精卵凍結といった妊孕性温存療法は、確かに希望の光です。ですが、それは同時に新たな葛藤の始まりでもあります。


知られざる負担ーお金と心の重圧

幸い、妊孕性温存療法には数年前から助成金制度が整備されました。

しかし、それでも自己負担はゼロにはならず、多くの方にとって金銭的な負担が残るのが現実です。
加えて、女性が43歳未満でなければ対象にならないなど、年齢による制限もあります。

そして、保存した後に毎年やってくるのが「凍結保存の更新」です。

卵子や受精卵の保存には費用がかかり、いつまで更新を続けるのかという判断を毎年迫られます。

残念ながら治療の優先度や年齢のリミットから、泣く泣く凍結卵の破棄を決断せざるを得ないケースも確かに存在します。

「せっかくつらい治療を乗り越えたのに」
「これで妊娠の可能性がなくなってしまう……」

——そんな思いを抱えながら、究極の決断を下さなければならない精神的負担は、想像をはるかに超えるものです。


サブタイプごと異なる妊活のタイミング


卵子凍結や受精卵凍結といった妊孕性温存を行うかどうかの判断も大きな決断ですが、

治療後に「いつ妊活を始めるのが安全なのか」というタイミングの見極めも、同じくらい難しい問題です。

まず、トリプルネガティブやHER2陽性タイプの乳がんでは、術後3年前後が最も再発しやすい時期とされています。

この期間を過ぎると再発リスクは大きく下がるため、凍結した卵子・受精卵がある場合には、3年以降のタイミングで主治医に妊活について相談してみるのが一つの目安になります。

では、ルミナル(ホルモン受容体陽性)タイプの場合はどうでしょうか。

このタイプの患者さんにとって妊活の最大のハードルは、長期間続くホルモン療法です。

そこで注目されるのが、POSITIVE試験——「ホルモン療法を一時中断して妊活をしても安全か?」を検証した国際的な臨床試験です。




POSITIVE試験が示した希望

妊娠、出産編


結果1:ホルモン療法の一時中断は、多くのケースで安全性が示唆!


ホルモン受容体陽性の乳がんサバイバーが妊娠を希望する場合、医師の管理のもとでホルモン療法を一時中断しても、3年間の再発リスクを上昇させないというデータが示されました。

結果2:妊娠、出産率

試験参加者の74%が妊娠し、64%が出産に至るなど、高い妊娠成功率が報告されました。
これは、がん治療開始前の若い時期に凍結した卵子や受精卵を用いた生殖補助医療(ART)が大きく貢献していると考えられます。

結論

この試験結果により、ホルモン療法を最大2年間中断して妊活を行うことが、安全な選択肢となり得ることが示されました。


続いて、母乳育児についての論文も発表されました。


母乳育児編

結果:治療後の母乳育児は再発リスクを上げない

短期間(24ヶ月)の追跡では、授乳による乳がん再発リスクの有意な上昇は認められず、授乳は安全であるという結論が得られました。


治療後の授乳は安全性が確認されており、

「片側の乳房しか残っていない」
「きっと母乳は出ないだろう」

と不安に思う方も、専門的なサポートがあれば授乳は十分に可能です。
実際、片側授乳で完全母乳に近いお母さんも珍しくないそうです。

妊娠中から助産師に相談することで、あなたの状況に合った授乳プランを立てることができ、安心して出産と育児に臨めます。

子育て中 生活で忘れてはいけないこと

POSITIVE試験は、ホルモン療法を中断した場合でも、出産後に治療を再開することを前提にしています。

また、ルミナルタイプ(ホルモン受容体陽性乳がん)は、術後2〜3年を過ぎても再発リスクが大きく低下するわけではなく、晩期再発が多いことが特徴です。

だからこそ、

「せっかく授かった命を守るためにも、ママ自身が元気でいること」

そのための治療継続がとても大切です。

子育てが忙しく、ホルモン療法の再開が後回しにならないよう、

周囲のサポートや医療者からの継続的なフォローが欠かせません。

社会全体で支える「未来」の選択肢

妊娠・出産、そして授乳。かつては「難しいかもしれない」とされた領域に、今、確かなエビデンスが増え続けています。


乳がんサバイバーが直面する選択は、けっして本人だけに委ねられる問題ではありません。

治療後の人生設計、家族形成、子育てまで見据えた支援が、医療だけでなく社会全体に求められています。

そのためには、

・病院や地域による格差のない情報提供や医療提供

・医師・助産師・看護師・カウンセラーなど多職種による継続的なサポート

・経済的・社会的支援の仕組みづくり

こうした「チームで支える体制」が欠かせません。

あなたが抱く、

「乳がんになっても、いつかママになりたい」

その願いを実現できる社会へ——。

私たち一人ひとりが、その未来を後押しする存在でありたいと考えています。



助産師さんが乳がんの勉強をすること
で救える命があります

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